マリリン

マリリンモンローに恋をした一人の画家・故スズキシン一氏の未完の遺作となったマリリン・マンダラ制作の壮絶な修行の姿を残しておこうと思いささやかですがこのサイトにページを作りました。画家の詳しいデータは詳しい先輩諸氏のサイトへのリンクから知って戴く事にしてここでは簡単な記述に停めておく。

私とスズキシン一さんとの出会いは自身が高校生時代の美術の先生で(講師)日大の芸術学部には諸問題とかで行けそうもないのでもっと行けそうもない東京芸術大学工芸科に挑戦する事になりどんな勉強をしたら良いのかなど相談した事からのツナガリである。それまでその高校で国立大を受験する者は皆無と聞いていたがその時は芸大3人、東大、他の国立大へ数人が受験したが何れも不合格。風の噂で東大へ浪人して入ったとか聞いたが、なんか滅茶苦茶な時代(半世紀前になる)でした。当時、鈴木先生は前衛指向で新橋駅横のビルの中の内科画廊ボートのある風景の個展を観に行ったのが最初でそこには美術の先生でなく一人の芸術家がいたのを覚えている。芸術はかなり面倒な大人の世界だなぁ〜フムフムと少年は思った瞬間だった。

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マンダラ制作に取り掛かり3年位の制作風景で細かい作業で眼もずいぶん悪くなったと聞かされた事がある。写真は当時掲載されたフライデーの記事からのコピーだ。2001年8月に亡くなるまでに97万8000体のマリリンを描き続けた。

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