迷惑行為に騙された?

自転車で移動していた時にはまず経験した事がないがいつも通りに目黒駅方面へ向かうバスに乗り空いている席にすぐ座った。ポケットのiPhoneが邪魔になるのでポケットから出して手に持ったタイミングで後ろの席の老女から『パニック障害があるのでスマフォを使わないで・・、』と言われたので私『持ってるだけで使っていませんよ』と言葉を返した。私が座ったタイミングで呼吸が乱れたようにハァハァという音がしてきて嫌だなと思っていた正に次の瞬間にクレームがあった。今は夏休みで最大のお客である私立小学校の生徒はチラホラだが私のような高齢者から現役世代の若者もで多く利用するNo.1の路線でもあるので時間帯によっては問題のありそうな乗客も見かける事も多々ある。

家に戻ってからその話をしたら妻が以前何度か同じような事を言って『若い夫婦が困っていた』のに遭遇した事があると話してくれた。同じ人かどうかとかは確認できないが多分そうだろうな・・。スマートフォーンは若い人だけでなく高齢者も使う時代だからパニック障害であるなら対応を考えてほしい。言われた本人たちは気持ちの良いものでなく勘弁してほしいものである。

蜻蛉にも辛い暑さでひと休み

よりによって猛暑が復活した11時過ぎ移動のためいつものバス停で陰を見つけ待っていたらトンボが陰を見つけてひと休みしていた。なんだかヨロヨロして元気がない感じでバスを待つ老人と同じなんだろうかと同情してみたが他人事ではなくクーラーの効いたバスに乗り込んだ。

休む間もなく10分足らずで下車してそこから500mほど炎天下を歩いて点検の現場へ向かうが太陽はほぼ真上で陰を探すのは至難の業だ・・。

久しぶりの34℃はかなりキツかった。

秋の気配も見えてきているが暑さはまだ落ち着かないそうだ。

昭和の記憶:埋め立て工事の頃の浜小学校

広島で生まれ母親の実家のある横浜磯子に家族で移住して私は浜小学校に転校して新しい暮らしが始まった。子供たちが茶化すように口ずさんでいたように『浜小学校ぼろ学校、外から見てもぼろ学校、中に入ってもボロ・・・』と確かに綺麗では無かった。広島で入学した小学校は爆心地に近い所にあった高校の校舎をそのまま利用したものでコンクリート造りで被害に遭った気配は感じなかった。一方。浜小学校は昭和22年に国民学校でスタートしたもので一時は米軍に接収され使われていたらしくかなりガタが来ていたのは歌の通りである。

4、5年生になる頃だったか前の海が根岸あたりから広い範囲で埋め立てが始まり日々景色が変わるのが目に見て海が消えていくのが感じられた。その頃に何かの記念だかなんだか記憶はないが航空写真が撮られ生徒全員に配られた。この浜小学校も名前はそのままで現在は高台の山(丘)の方にある。

昭和30年代で上に見える横須賀街道は杉田へ向かう市電の軌道も見えてミニチュアのように車・トラックも走っている。横須賀に向かってオープンカーで進駐軍の兵士が女性を横に乗せはしゃいでいたのを何度か見た事もあるな。

この頃の日本はまだ戦後・敗戦国と言われて傷も癒えていない時代だ。

サイトで確認したら私は14か15期の卒業生らしというのが判明した