原爆ドームへ・・、

昭和27、28年の8月6日の不確かな記憶である。私が小学1年になった年の事だと想うのだがその日は誰に言われた訳でもないのに原爆ドームへ家にあった鉄カブトを冠り変にハイな気分でそこへ向ったのである。なぜ鉄カブトなのか当時も今も判らないが何かと戦うみたいな感覚だったのかも知れないが広島に居ても戦争や原子爆弾が落とされた事さえ子供は理解していなかったのに・・。オバマ大統領が訪問した原爆資料館内に展示してある物は元々は私が変な行動で向った原爆ドームに展示されていた物のように記憶しているが目の当たりにした物はこの世の物とは思えない現実離れしたモノばかりであった。原爆が投下された当時の地図から推測するとその当時住んでいたアパートから原爆ドーム間での距離は2km以上はあるようだが遠いとは思わなかったので何かに揺り動かされた故の行動だったのかも知れない。その頃はすぐ横の川で釣りをして遊んでいてドームとは反対の下流(河口)の方までチヌを釣りに行っていたので苦になる距離ではなかった。

昭和45年に出版された広島テレビ放送網篇『いしぶみ』の表紙写真より
昭和45年に出版された広島テレビ放送網篇『いしぶみ』の表紙写真より

広島に想うこと・・。

5月27日(金)雨/気温20℃
今日は朝から雨が降っているが昼前を迎え止むような気配になって来たが仕事に出掛けて来たので濡れた身体と衣服を乾かしながらひと休みをしている所である。今日はオバマ大統領が広島市を訪問することで大きな話題になっているが私は60年前に広島を離れ横浜へ引っ越す直前まで暮らしていた爆心地にほど近い広島市南観音町へは以来一度も帰ったことはない。私が生まれたのは昭和21年10月末広島市から離れた三次市で原爆の影響を受けることなく今日まで無事過ごすことができているが親戚には広島市内に自分の事務所があり原爆投下後に様子を見に行き被爆した伯父さんがいて後遺症もあったようだ。運命の別れ道は何処なのな何だったのかは私には判らないが、日本が執拗に戦争に拘り世界中・特にアメリカに恐怖を与えた結果が広島・長崎への原爆投下になり多くの犠牲者が出たのである。本当に愚かしい事だが最近の日本国の様子はおかしな方向へ向いかねない状況も見られ私達は原点へ戻り戦争・核の事を真剣に考え直す良い機会になれば善いのだが…。

コレで善いのかとか?改めるべきは日本国国民で他の国の人達ではない。

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真夏日の夜の月・・♫

結局、2日続いた真夏日も落着きいつもの気候に戻ったが今度はあまり歓迎したくはない湿気の日々が始ろうとしている・・。

この日は思いのほか爽やかで気持のよい真夏日の夜だった。

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真夏日の夜空は微妙に湿気を含んでいてまだ夏には早い感じの月が眺められた。

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