62年前だったかこの日少年はなぜか鉄カブトを冠り原爆ドームへと向った・・。横浜へ移住する数年間は原爆ドームに近い南観音町のアパートに暮らしていた頃の私の記憶ですでに小学校に入学していたと思うが曖昧である。そのアパートの隣りは鉄屑屋で戦争(朝鮮戦争?)の残骸の大きな砲弾やロケット爆弾の破片などがゴロゴロした場所で恰好の遊び場にしていたその頃の話しだ。何故に鉄カブトを冠り原爆ドームへ1人で出掛けて行ったのか今でも良く判らないが何かに刺激されてそんな行動に走ったのかも知れない。原爆が投下されてから8年を過ぎていない頃だったが当時時の写真をずいぶん後から見る機会があったが私が遊んでいた辺りにそんな痕跡を観ることはなかった。戦争を知らない・戦争が終って生まれて来た者には判る筈も理解も何にもありはしなかったのである・・。
戦争を知らない子供もとうとうオジイさんとなり月月・火・水・木・金金と本日も清掃管理に励んだのである。
お隣の区民センター公園内にある平和の鐘の所で集まりがあったらしくこの鐘をつく順番を待つ人の列があり正装した係の男性が打ち終わった鐘の音を鎮め次の人を案内していた。集まりはこれだった:平和祈念のつどい・めぐろ平和の鐘の打鐘


